@article{oai:niimi-c.repo.nii.ac.jp:00001168, journal = {新見公立大学紀要, The bulletin of Niimi College}, month = {}, note = {P(論文), 石川県の感化院・少年教護院が学校との連携を望んだ理由として、本来は学校の業務を代替しているという意識があったこと、早期発見の必要を感じていたこと、にもかかわらず学校の非協力的な態度や感化院・少年教護院に対する偏見があったことへの不満があった。また、学校との連携の方法としては調査、会議、相互訪問・交流があった。少年教護院側は学校側が協力的でないことに不満を持ち続けたが、1941(昭和16)年以降学校からの教護相談が増加したことは、少年教護院側にとって学校が不良児の教育・保護への積極性を高めたと捉えることができることであり、改善と受け止められたと考えられる。}, pages = {53--58}, title = {感化院・少年教護院における学校教育との連携の模索 -昭和戦前期の石川県育成院に着目して-}, volume = {39}, year = {2019} }